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今夜の番組チェック

みなさんから、小沢健二に対する思い入れや曲のレビューを募集しております。
当然のことですが、小沢健二の歌は人によっていろんなとり方があると思うんです。
今、自分が置かれておる立場に当てはめてみたりして立ち直ったり。
こういう解釈もあるんだな、っていう参考になると思います。
私も書きたい!という方はお気軽にメールでどうぞ。
必ず、タイトルと執筆日とハンドルネームでもかまいませんので名前を書いて下さい。

2004/01/01
日の出と共に。
今朝、強い風の音で目がさめました。
落ち着かないので、毛 布に包まり半身を窓から出しました。
周りの空気が透明になり ました。遠い空の下から小さな白光が届きました。そして小さ く刹那をかけました。  
CDプレイヤーからキラキラ光る音楽が聞こえてきました。 お日さまはキラッと向かいの屋根を照らし始めました。
すべて が0になって、今年もがんばろうかなと思いました。ほんの一 時の宝物をつかむために。  
「強い気持ち・強い愛」までにこんなことを思いました。               

2004年 1月 とまと。

2002/07/07
時代の流れに色褪せない歌。
小沢さんの言葉への感性が、こんなにも愛される歌をたくさん生み出したのでしょうね。
小沢さんの歌はどれも大好きだけれど、私が1番好きなのはやっぱり『流星ビバップ』です。
この歌を最初に聞いたのは、まだ恋とかもよく分からない頃で、ただ軽快なリズムと切ない歌詞の雰囲気に飲まれていました。
けれど、最近また無性にこの歌が聴きたくなって、「どの曲のカップリングだっけ?
」なんて棚の中をひっかきまわして、やっと奥から見つけ出しました。
久しぶりに聴いた『流星ビバップ』には、はっと気づいた感覚があったんです。
まさに、「忘れてた過ちが 大人になり口を開ける時」のような感覚が私の体を走って、なんだか泣きたいような、でも落ち着いた前向きな気持ち…なんと言ったらよいのでしょう、卒業アルバムで片思いだった人を見るような気持ち…になりました。
何回も何回もリピートして聞いて、優しい気持ちで生きていきたいと強く思いました。
今日は七夕です。
私ももう子供じゃないから、流れ星を探すことにします。

2002.7.7
ようこ

2001/3/23
<ラブレター形式で>
小沢健二さま

「Eclectic」
4年だか5年だかぶりのあなたのつくり出した音楽に触れました。
たとえるなら水。
それは波だったり海だったりすることもあるけれど、今回のそれはもっと身近な飲料としての「水」です。
初めてあなたのつくったアルバムを聴いて、水が喉をすべって体に吸い込まれるような体験をしました。

「水を飲み渇きだけを癒せ」
かつてあなたが歌ったように、あなたの音楽は常に「渇き」と隣り合わせにあります。
人が何故水を飲むのか、と考えたときその答えのひとつに「渇き」があるように、私の渇きを癒すためにはあなたの音楽が必要でした。
人が生きるために何度も水を飲み下すように、私も何度もあなたの音楽を聴きます。


「あらし」
あなたの低い儚い声と、力強いバッキング・ボーカルが絡み合う瞬間!
あなたの声は他の誰ともまじわらず、それなのに決して他を拒まずに響きました。


「愛について」

「こわいけれど平気」
あなたでも「こわい」んだって、ちょっと驚きました。
でも言下に「平気」と言ってのけるものだから・・・・。
胸の中の不安をこんなにも簡単に吐き出してしまうあなた。
不安と自信(強がり?)を一瞬にしてきれいな言葉に閉じ込めてしまう、そんなあなたの魔法はかつてよりいっそう鮮やかでした。

「あの大きな心」

「これは、悦か?神様がくれた甘い、甘い、蜜の味」って歌ってません?
「いつか」にはどうやっても聴こえません。トリック・スター小沢さん、真相や如何に?
ひとつひとつを丁寧に取り上げたい気持ちはやまやまですが、長いラブレターはいつの時代も興醒めですよね。
このあたりで打ち止め。
夜も更けたし、コップ一杯の水と「Eclectic」を枕元においていざ夢の世界へ!

by ためさん

2002/03/01
Dear Kenji Ozawa

お元気でしょうか。 3月になりました。
今日も日本の空は明るいです。
梅や桃の花、桜が咲き始めたところもあります。

約6年ぶりにも近い、あなたのアルバムを聴きました。
ヴィレッジや、「犬は吠えるがキャラバンは進む」の頃より、少し大人の声になったように感じたのは、私だけでしょうか?
「LIFE」「VILLAGE」・・・・これらのときは、大人っぽさの中にも、ほんの少し子供っぽさを残した、
少年のような明るさがあった気がします。
「eclectic」は、大人になって、さらに進化した小沢くん、みたいな感じ.....
ニューヨークでのあなたの色々な経験が、あなたの音楽の根底に、またすばらしい要素を加えることとなったのでしょう。

この変化を、受け入れない人もいるかもしれない。
嫌だと、昔の小沢くんじゃないと、離れる人もいるかもしれない。
でも私は、いいことだと思う。 変化をするということは。
これはこれで、前は前で。それぞれよい特徴をもっているから。
変わらないのは、優しさと春のような暖かさ。
6年近くたっていても、そこだけはずっと同じですね。

いつかまた、あなたの歌う姿がみたいです。
日本に帰ってきて欲しいとは、あえて願いません。
小沢くんの帰って来たいときに、帰ってきて、
私たちファンの前に、その姿を見せて下さい。

また会えるその日まで。

P.S.ニューヨークの空も、青いですか?


From  Flower Daisy

by Flower Daisyさん

2001/03/25
犬は吠えるがキャラバンは進む

世間的にはこの後の躁状態ポップスの傑作『LIFE』でのブレイクの印象が強いのであろう小沢健二。
機を見るに敏な現代っ子体質はフリッパーズ・ギター時代のタッグ・パートナー小山田圭吾(コーネリアス)のほうが優れていると思うけれど、これは意外にも真っ当なポップスを志向しているという彼の気質がよく表現されている良質な作品。
一言で言えば97年のシングル『ある光』でのフレーズ「ぼくのアーバンブルーズへの貢献」(ちょっと気取りすぎか?)というのが小沢が音楽に向かう際の本音なんだろうなと思う。キース・リチャーズが音楽に対して真摯であるのと同様の真摯さを、ぼくは小沢健二に感じている。
あと今これを聴くとどうしても考えてしまうのは作品全体にわたるイナタくも軽やかな雰囲気の根拠になっているドラムを叩いた青木達之(東京スカパラダイスオーケストラ)のこと。夭折でした。

by 夏さん

2001/10/24
私と小沢くん

私が小沢君の曲を始めて聴いたのは、おそらく小学6年か中学1年の時。
本当は’小沢くん’なんて呼んじゃいけないくらい、年も離れてるけど。
記憶に残ってるのが「カローラUに乗って」と「痛快ウキウキ通り」。
小沢くんの曲は私が歌うにはキーが合わないから苦労するんだけど、「カローラUに乗って」は、すごく努力して覚えた記憶がある。
親に「そのくらい勉強に熱を入れてくれたらいいのに」と言われたくらい。
それから、いつのまにか小沢くんは私の心の中からも消えて、NYに行っちゃって、日本からもいなくなった。
再び小沢くんの曲を聴く機会をくれたのは、つい4ヶ月前に別れた前の彼。
彼は小沢くんが大好きで、あまり曲を知らない私に、アルバム「LIFE」をCD−Rにやいてくれた。
そのCDを聴きながら私は思った。
私の知らない小沢くんがここにいる。
こんなにいい曲をたくさん歌ってる人なんだ.....と。
それから小沢くんにはまり出した。「LIFE]を何回も聴いてるし、中古CDショップに行って、小沢くんのCDを探したり。
携帯の着メロに、「ドアノック」や「ラブリー」を入れたり。
私の中で、小沢くんの曲が鳴ってる。
初めて聴く曲ばかりだったけど、共感できるとこもいっぱい。
部屋の中でも、CD聴きながら、歌いまくってる。
曲を聴くことで、彼とのことを思い出して、ちょっとセンチになったり...
私は思う。小沢くんの曲には、柔らかく優しい暖かさと、光と、言葉があるって。
曲の中に自然が、想いが、いっぱいつまってる、と。
小沢くんは、例えて言うなら、そんなことを生み出していく、コスモスみたいな感じ。
ヒマワリみたいに決して大きくはないけど、光と暖かさを振りまく、花だ。

私が今一番すきなのは、「愛し愛されて生きるのさ」。思わず口ずさんでる。
風景が浮かぶ。歌ってる前彼の姿を思い出す。
また恋をしたら、こんなことがまたあるのかなって思う。
私も大人になった。
昔聞いたら分からなかった小沢くんの曲の意味も、きっと今なら分かる。
ううん、わかるんだ。
特に「愛し愛されて〜」の「いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて生きるのさ それだけがただ僕らを悩める時にも未来の世界へ連れてく」ってとこ。
どんな風に?って言われたら上手くいえないけど...
誰かに必要とされて、愛されてるから、生きてる。愛されてたくないって思っても。

これからもきっと、私は小沢くんの曲を聴きつづける。
そして、歌いつづけるんだ...♪

by Flower Daisyさん

2000/11/15
ゲリラ。

私の夢はゲリラになることです。
森で闘いたい、とかではなくて、ただ自分の信じる価値観を世の中にぶつけて行きたい、という意味です。
どこかに収まるとか収まらないとか、自由とか不自由とかじゃなくて、一人の人間として、力振り絞って信じることやる。
それに伴うことは引き受けようじゃないかっちゅう。
実は建築家の安藤忠雄の真似です。
でも彼は24歳の時にゲリラ宣言したそうなので、私は23歳の今、なんとかゲリラ宣言したい。でも間に合わないかもしれない。
あと1ヶ月半くらいしかないや。

私は小沢さんもゲリラだと思ってるんです。
自分の信じるメッセージを、魂を、言葉にして世の中にぶっつけてるゲリラ。
それも音付きだから言葉よりもぐーんと私たちに届きやすかったりする。
その辺はすげぇなぁと思う。
小沢さんは「この愛はメッセージ」とか言いながら、革命してるんだと思う。
みんな感性眠らせないで、体も心も頭も動かして!って叫んでるんだと思う。
愛情いっぱいで人間のどうしようもなさも全部全部愛して、どうしても人間の力って言うか、科学にならないようなものを信じてて、
「自分が」何か出来るはずだって思ってるんだと思う。
でも同じくらい「みんなもできるよ」って言ってると思う。
そんな小沢さんを人間としてマジで信じてます。
すげぇイイコト言ってるよ、コイツ、ってマジで悔しいくらい、だから私も頑張ろって思います。
絶対小沢さんには変わって欲しくネェ!
「信者」じゃないけど、負けないくらい頑張ろう!って勝手に同志にしてます。
多分嫌がらないよネェ。。。?

小沢さんNYにいるのなら遊んでください!(笑)

by tomokoさん

1999/09/25
小沢健二はほんとのことを言う

小沢健二はほんとのことを言う人だ。
彼の魅力にとりつかれた人は、きっとそれに気づいているんだろうと思う。
歌を聴き流すつもりでいても、聴いちゃう。そんで歌っちゃう。
歌っちゃうと、言葉の意味一つ一つが鮮やかに、脳みその中に見えてくる。
そんなことがよくあります。

歌詞の世界が自分の眼前に広がるというのは、その詩が作者の本当の感情から生み出されたとき。

しかも、その詩がぴたりと音楽にのっけられて、水を得た魚のようにいきいきと弾むとき。
ほんとのことを言うってのは、そんな化学反応のような一瞬をもたらすように思えてなりません。
どれでもいい。小沢健二のつくった歌を思い出してみてください。
いちょう並木の黄色い感じ、ダンスフロアーの暗がりでゆらめく照明、大きな川を渡る橋が見える場所、寒い夜に部屋で一人誰かの声でも聞きたくなる気持ち、全てが総天然色で思い出されます。
いちょう並木なんて歩いたことないけれど、確実に見えている。

そんな、ダイレクトに伝わる歌をつくってくれるから、小沢健二ってすごいよ。
ほんと、すごい。

by metoさん

1999/07/25
恋しくて
最近、3年近く一緒にいた恋人と別れました。
以前僕があまりに小沢さんを 好きなので、彼女が「あんたと別れたらもう小沢聴けなくなっちゃうね」 みたいなことを言っていて、それから随分時間も経って、何度かけんかもして ついにその時が訪れました。

そして彼女がいなくなってから、じいっと何かを考えて、時々何かを思い 出しながら聴くのは、やっぱり「恋しくて」だったりするわけです。  

冒頭の歌詞はこうですよね。 「幸せなときは不思議な力に守られてるとは気付かずに,でももう一回と願うならばそれは複雑なあやとりのようで」  恋をしているとき、目の前にある幸せを当たり前のように思っていて、 それがなくなったときに幸せだったと気付く。
でも他の誰かと他の幸せを 得ようとするなら、それは本当にあやとりのよう。うまくいかなかったり、 前よりもずっとうまくいったり。本当に、ふくざつです。
でも、僕らはやっぱりあやとりをとり続けるだろうし、気付かなくたって それはしっかり幸せなことなんだろうな、と感じました。
 彼女といろんな音楽を聴き、それこそ本当にキムチラーメンを探したり 「蛇拳」を観たりしたけど、それはやっぱり「僕らが見た光」で、これからも 眩しくて痛むのでしょう。
そして男心に「泣きたくなるわけなんかないよ」と 強がってみたりしながらも、次のあやとりをとろうとするんですね。

 彼女がそばにいなくなった「悲しさ」はただの「悲しさ」。「恋しさ」は ただの「恋しさ」。それ以外の何でもないです。
でもそれらは「恋しさ」で ある以上、時々僕らを苦しめたり、涙を流させたりします。
でも小沢さんは 「それでなにか思ってももう伝えようがないだけ」と少し強がって歌って います。
そんな強がりって、悲しさを乗り越えるときには割と大切ではないか? と、この曲を今の局面で聴いて思いました。 「恋しい、でもただ恋しいだけで決してそれは不幸なことではない、むしろ」と 彼は歌っている、ぼくはそう思ってます。  

以上、寒い夏の朝に一人きりの部屋で感じたことでした。思い入れたっぷりで どうもすいません。

by アルバさん

1999/07/23
犬は吠えるがキャラバンは進む
僕が一番好きなアルバムは、多くの男子リスナー同様?『犬は吠えるがキャラバンは進む』です。
始めてフリッパーズを観たときもショックをうけたんですが、始めてソロの曲を聴いたときは、もっと地味なショックを受けました。
たしか、テレビのプロモーション番組みたいので、夜中に、30分ぐらいのスタジオライブをみたのが最初だと思います。
すごい地味な印象を受けたのですが、ナンだか頭から離れなくなってしまい、アルバムを買いに走りました。
アルバムは『犬』と『球体』を持っていて、何故だか一番有名な『LIFE』は持っていません。

一番好きな曲は『天気読み』か、『ローラースケートパーク』です。
『天気』の歌詞で一番好きな部分は、星座から遠く離れていって、景色が変わらなくなるなら、ねえ、ほんとはナンか、本当があるはず。
ってところです。
よく読むと意味不明な文章ですが、何故か泣けてきます。
あと、この曲のメジャーだかマイナーだか分からないようなコード進行がすごく好きです。
オザケンの曲の中でも割と特異な曲だと思います。

『ローラー』はサビの
ありとあらゆる種類の言葉を知って、なにも言えなくなるなんて、そんなバカな、過ちはしないのさ。
が良いです。自分の高校時代と重ねたりして反省しちゃいます。
あと、浜辺には、クローバーの花、白い雪のように散らばり〜。
これは家の近くの砂浜を思いだします。

『LIFE』は持っていないかわりに、ギターを弾きながらよく歌います。
『いちょう並木のセレナーデ』なんかが楽しいです。

オザケンの歌で全体的に感じるのは、歌詞が叙事的だな〜ってことです。
一歩引いて遠くから見てる様な感じです。どこかで冷静なんですね。
それで、叙事的なものをどんどん積み重ねていって、だ〜っと泣かされちゃう。
全体を通して読むと意味不明ナンだけど、言葉それぞれが持っている力がすごく鋭くて、余りに美しいです。
こういう歌詞を書けるのはやっぱり才能だーって思います。

あと、曲に関してちょっとちょっと具体的に分析すると、サブドミナントコードの使い方がすごく巧いと思います。
これはフリッパーズギターの頃から感じているのですが、
サブドミナントの不安定な感覚が、独特の都会的な響きを作っているように思います。

by.ゆ〜じさん

1999/07/21
わたしが小沢健二というひとを初めてみたのは、HEI!HEI!HEI !。
そのひとは、ラブリーというなんだかとても明るくて気持ちのいい歌 をとってもたのしそうに歌っていた。

わたしは、夏の朝はやくだとか夏のあつい昼だとか気持ちのいい風の吹く 夏の夜だとか冷たい空気を感じる冬の夜だとかがとてもすきです。
そうい うとき、わたしは心地よさと共にせつなさを感じます。
この心地よいのにせつないという気持ちは、わたしが小沢健二の歌を聴い てるときの気持ちととてもよく似ています。

わたしは心地よさとせつなさを感じ、そして‘生きよう’と強く思います 。
小沢健二の歌にはとてもすてきな魔法がかかっていて、生きる強さを与 えてくれるんじゃないかとわたしは思います。

以上がわたしのオザケンの歌に対する想い入れです。
本当はもっと言いた いことがたくさんあるけれど、心の中のことは表に現わすのが難しく、こ れだけのことしかいえません。
ただ、はっきりと言えることがあります。
それは、わたしが小沢健二をすきだということ、そしてわたしは自分が死 ぬときまで小沢健二の歌を聴き続けるんじゃないか、ということです。

by安 真由美さん